スペシャルコンテンツ

ひといきノベル

一杯のココアのように、
ココロほっこりあたたまる。

人気のショートショート作家・
田丸雅智氏が贈る、不思議な3つの物語。

ダミーイラスト(ココア予定)

カクシツ・ケア

カクシツ・ケア

独身仲間であり親友でもある友達の家に遊びに行ったときのこと。わたしは彼女に悩みを話した。
「最近、会社でうまくいってなくてさー」
友達はリビングからマグカップを二つ持ってきて、テーブルに置いた。
「まあ、これでも飲んで落ち着いて」
カップの中身は、ココアだった。両手で持つと、じんわり温かさが伝わってくる。口に含むと濃厚な甘みが広がって、ひとときの安らぎに包まれた。ささくれ立っていた心も、静まっていくようだった。

「で、どうしたの?」
「ちょっと人間関係、こじらせちゃってて」
意見が食い違ったり、言い争ったり、近頃は何かと周りの人とぶつかることが多かったのだ。特にひとつ上の女子社員の先輩と合わなくて、いまではお互い終始にらみあっているような有様だった。
「なるほど……ちょっと待ってて」
友達はどこかに消えて戻ってきた。手にしていたのは瓶だった。
「ボディスクラブ……?」
尋ねるわたしに、友達はうなずき教えてくれた。これは特別なボディスクラブで、“角質”ではなく“確執”を取る代物なのだと。人との確執というものは角質と同じで知らないうちに身体に蓄積されるらしく、定期的にケアしなければ対人トラブルに巻き込まれることもあるという。
「それ、新品だから持って帰って試してみなよ」
渡されるまま受け取って、雑談のあと帰宅した。

その日の夜、わたしはお風呂でさっそくそれを試してみた。エキゾチックな香りがして、肌につけるとザラザラ感が心地よかった。丁寧にお湯で流してお風呂から上がると、しっとりと潤うような感覚に包まれた。
効果は翌日から現れた。どの会議もウソみたいに滞りなく進んでいって、時おり笑い声さえあがるような和やかなムードにあふれていた。デスクにいても近くの人との何気ない会話が自然と盛り上がり、例の先輩とのやり取りもスムーズで、まるで別人と話している錯覚にさえ陥った。
ただ、わたしの疑問は日を追うごとに深まっていった。その先輩との距離だけが、異様に縮まっていったからだ。気づけば普通に女子トークを交わしていたり、ついにはただの友達みたいな軽口を言い合うような仲にまでなっていた。

そのわけは、程なくして明らかとなった。誘われて訪れた先輩の家でのこと。ふと目をやった先に、自分のものと同じボディスクラブが置かれていたのだ。
思い切って尋ねると、先輩は恥ずかしそうに微笑んだ。
「なんだ、おんなじ気持ちだったんだ……」
確執を気にしていたのは自分のほうだけじゃなかったんだと、肩の力が抜けていく。そして同時に、日頃の些細なコミュニケーションの大切さを痛感する。
「ちなみにこれ、リフレッシュ効果も抜群だよね」
思わぬ言葉に、わたしは尋ねる。
「リフレッシュ?」
「気づいてないの? 最近のわたしたち、かなり仕事できちゃってるよ」
先輩は、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「いっそこのまま、二人で会社、背負ってあげちゃう?」

充元器

充元器

母親という役割がこんなに大変だとは正直思っていなかった。仕事から帰ると大量の家事。気づくともう夜というのが日常だ。
「お疲れさま、いつもほんとにありがとう」
そう言って、寝る前に夫が入れてくれるちょっぴり濃いめのココアを飲むひとときくらいが安らぎだった。休日は休日で、部活の当番やPTAの仕事が目白押し。パワーゼロでぐったりしたところに、また月曜日がはじまるのだった。

そんなある日、どうやらこっそり夫とたくらんでいたようで、息子がわたしに小箱をくれた。包装を解くと、中にはコードのようなものが入っていた。
「へへ、ぼくたちからのプレゼント。お母さん、いつも大変そうだから。充元器っていうんだよ」
「じゅうげんき?」
息子は、元気が補充できる充電器ならぬ充元器なのだと言った。コードの片側を自分のおへそに、もう片側を別の誰かのおへそにつなぐらしい。すると相手の元気が移動してきて、それを補充できるのだ。夫の補足によると、有り余る子供のパワーを無駄にしないよう開発されたものだという。
「だからいつでも、ぼくが元気を分けてあげるっ!」
息子の言葉に、わたしはなんだか泣きそうになった。

その日から、もうダメだというときに、時おりわたしは息子から元気を分けてもらうようになった。おへそ同士をつなぐだけで息子のエネルギーが移ってきて、内側からふつふつと力がみなぎってくる。へその緒は母から子に栄養を届けるものだけれど、充元器はその逆みたいなものだなぁと思いながら、補充した元気でわたしはまた“お母さん”をがんばれた。

あるとき、息子が高熱を出してダウンした。医者に行くとじきに治ると言われたけれど、苦しそうな息子を前に居ても立っても居られなかった。
と、そのとき、わたしはひらめいた。こんなときこそ充元器の出番じゃないかと。わたしは早速持ってきて、いつもとはコードの向きを逆にして息子のおへそにそれをつないだ。その瞬間、身体から何かが出ていく感じに襲われて、遅れて疲労感が押し寄せてきた。その代わり、息子の顔色は少しずつよくなっていくようだった。
しばらくすると、息子は細い声でこう言った。
「ぼくが元気をもらっちゃったら、お母さんが……」
わたしは迷わずこう返す。
「子供がそんなの気にしない! 世のお母さんには予備電源ってのがあるんだからっ」

二人の心

二人の心

帰省していた娘家族を送りだし、わたしはココアを入れて一息つく。心なしか、なんだかビターな味がする。バタバタの嵐が過ぎ去って安らぐ以上に、心の中に広がった空虚な気持ちを、ココアによって満たすような時間になる。
社会人になってから、娘が帰省する機会は減った。結婚して子供が産まれてからは、なおさら帰ってくることは少なくなった。その寂しさは想像以上で、特にこうしてみんなを見送った直後は心にぽっかり穴が開いたように感じてしまう。そして年なのだろうか、年々その気持ちは強くなり、近頃はひどく沈みこむようになっていた。

「病院に行ってみたほうがいいんじゃないか?」
夫に言われ最初は拒んでいたわたしも、体調不良が目立つようになってきて、病院を訪れることにした。
先生からいくつか質問されたあと、わたしはレントゲン室のような部屋に通された。待合室で再び呼ばれて診察室に入っていくと、先生は白黒の写真を前に言った。
「心に穴が開いてしまっているようですね。手術が必要です」
驚くわたしに、先生は写真を見せながら説明してくれた。寂しさが募った状態がつづくと実際に心に穴が開くことがある。普通は自然と治るのだけれど、まれに穴が塞がらない人がいる。特殊なレントゲンで撮った写真に写っている目の前の空洞こそ、その穴らしい。そして治療するには誰かの健康な心を移植してこなければならないという。
「移植って……」
絶句していると、手術の成功率は極めて高いとなだめられた。
「ただし、あなたに適合する心を持った方を探さなければなりません」

検査はすぐにはじまって、夫の心は適合しないと判断された。けれど幸い、娘の型が自分と一致することが判明した。
「なんでこんなになるまで放っておいたの!? ちゃんと言ってよ!」
すべてを伝えると、温厚な娘は血相を変えて口にした。わたしは申し訳なくなると同時に、家族のありがたみを痛感した。
手術は無事に成功し、拒絶反応もなく心は回復の兆しを見せている。
娘の心が自分の中で息づいていることもあるのだろう、彼女たち家族が心配そうに帰ってからも前みたいに沈みこむことはなかった。一息タイムに飲むココアの味も、空虚を満たすビターなものから、幸せを増幅させてくれるまろやかなものへと変化した。

田丸雅智 たまる・まさとも

1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。執筆活動に加え、2015年からは自らが発起人となり立ちあがった「ショートショート大賞」において審査員長を務め、また、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、新世代ショートショートの旗手として幅広く活動している。著書に代表作『海色の壜』など多数。
公式サイト:
http://masatomotamaru.com/